法律事務所Sullivan & Cromwell(以下S&C)が、OpenAIと協力して「Agreement Analyzer」を作りました。契約書の草案を読み、問題点を見つけるAIツールです。OpenAIは2026年10月15日に、この事例を公式ページで公開しています。

つまり何が起きたのか。契約チェックの「最初の洗い出し」をAIが複数の視点で行い、弁護士が確認・修正・却下する形が、大手法律事務所の実務に入ったということです。

この記事は、OpenAIの公式事例ページと、日本の法務省の公開資料を出典にしています。Agreement Analyzerの外部提供や使い勝手については公式に記載がないため、使い心地の話はしません。公式に書かれている範囲と、読者の仕事への置き換え方に絞って整理します。

迷ったらこれ:まず「用途の切り分け」から決める

契約書チェックに時間を取られている法務・総務・事業担当の方は、Agreement Analyzerそのものではなく、その「型」だけを借りるのがおすすめです。

AIが候補を挙げ人が根拠を見て採用か却下かを決める三段の流れ
借りるのはAIが候補を挙げ、人が根拠を見て決めるという流れだけです。
  • 型:AIが論点の候補を挙げる → 人が根拠を見て、採用か却下かを決める
  • 最初の5分でやること:自社の契約チェックを「AIに下調べさせてよいもの」と「人だけで見るもの」の2つに分けて書き出す
  • 向く人:秘密保持契約など、定型の契約を繰り返し見ている人
  • 向かない人:機密性の高い契約書を、扱いを確認しないまま外部のAIに入れようとしている人

後半の「今日できる最初の一歩」で、個人情報や取引先名を入れずに型を試す方法を示します。

つまり何が起きたのか:公式発表のポイント

OpenAIの事例ページは、Agreement Analyzerを「S&Cが、契約書の草案の問題点を見つけるためにOpenAIと協力して開発したAIツール」と紹介しています。

Agreement Analyzerの入力と出力と判断者をまとめた図
入れるもの・返るもの・決める人の3点で、公式が説明する全体像がつかめます。

押さえておきたい点は4つです。

項目公式ページの記載
誰が作ったかS&CとOpenAIの協力。S&CのパートナーJohn Savva氏が、Codexで作った1人用の試作から始めた
何を入れるか弁護士が契約書の草案を入れる。自分で選んだ先例と、立場や市場慣行をまとめた「playbook(交渉の方針集)」も足せる
何が返るか複数回のレビューを統合した「メモランダム(検討メモ)」と、tracked changes(変更履歴つきの修正提案)
誰が決めるか弁護士が結果を確認し、修正または却下する

開発の流れも公式に書かれています。1人用の試作から、①出力の質の改善、②並列処理による効率化、③複数の弁護士が同時に使えるアプリへの作り替え、へと進めたとのことです。

なお、ツールがいつ初めて披露されたかは、公式ページには書かれていません。報道(Bloomberg Lawの要約)では、2026年9月17日の法律業界向けイベントで披露されたとされています。10月15日は「OpenAIが事例として公開した日」と捉えるのが正確です。

Before → After:契約書チェックはどう変わるのか

人が全文を読む従来と、AIが候補を挙げ人が判断する流れの比較
全部読んで探す作業から、挙がった論点を根拠で判断する作業へ重心が動きます。

Before:人が全文を読み、経験と照らして探す

契約書の草案を受け取ったら、担当者が最初から最後まで読み、過去の契約や社内の基準と見比べて、問題になりそうな箇所を探します。時間がかかるうえ、疲れや慣れで見落としが出ます。

After:AIが候補を挙げ、人が判断に集中する

公式ページによると、Agreement Analyzerでは専門に分かれた複数のAIエージェントが並列で草案を見ます。公式が挙げる見方の例は次のとおりです。

  • 市場慣行から外れていないか、リスクの配分は偏っていないか
  • 条項どうしが影響し合って、意図しない結果にならないか
  • 将来の訴訟で争いになり得る、曖昧な表現はないか

公式はこれを「想定される使い方(a potential use case)」として説明しています。

もうひとつの特徴は、ある指摘を別のエージェントが検証・反論する工程があることです。結果は「検証後も支持された指摘」「却下された指摘」「条件つきで残した未検証の論点」に分かれて返ります。弁護士は論点、根拠、先例を見て、最終の修正に反映するかを決めます。

つまり、「全部読んで探す」から「挙がってきた論点を、根拠を見て判断する」へ、作業の重心が動いたという説明です。同じく法務向けのAIツール OLGAのAI契約レビュー も、類似の「自社基準を機械に入れ、出力を人が確認」という形です。

「専門家の知見をAIに入れた」とはどういうことか

公式の題は「契約レビューに法律の専門性を持ち込む」という意味です。中身としては、事務所の手順、選別した先例、交渉の方針集を、AIが参照できる形で渡している、ということです。

あなたの仕事に置き換えるなら、自社の過去の契約書、社内の審査基準、交渉でよく譲る点・譲らない点がそれにあたります。AIに白紙で聞くより、自社の基準を添えて聞くほうが、挙がる論点が自社向けになると考えられます。

Agreement Analyzerの中身を公式の範囲で整理

出典の透明性と判断は人が持つことを示す結論図
出典が見えること、判断は人が持つこと、書かれていない点は補わないことが基準です。

透明性:出典が見えることを重視している

Savva氏は、AIが市場慣行について何かを主張するなら、その情報の出典が見えなければならない、と述べています。また「弁護士の代わりではなく、より深い分析のための道具だ」とも述べています。

この2点は、自分の仕事でAIを使う時の基準にもなります。根拠が見えない指摘は採用しない。判断は人が持つ。

今後の方向

公式ページによると、S&Cは特定の法務タスク向けのツールを探し続けています。Savva氏は、GPT-6 Astraの推論の質が、これまでボトルネックだった点を前進させたとも述べています。

法務向けの基盤としては、OpenAIが2026年9月17日に「Astra for Law」を発表しています。詳しくはAstra for Law|正答率54%・日本法は対象外で整理しました。なお、そこに出てくる54.0%は法的リサーチの指標で、Agreement Analyzerの精度ではありません。

公式ページに記載がない点

Agreement Analyzerの外部提供の有無、料金、精度の数値は、公式ページに記載がありません。報道では、Savva氏が「現時点ではS&C社内で使う」という趣旨の発言をしたと伝えられています(Bloomberg Lawの要約)。日本の読者がそのまま使えるツールとは言えません。

自分の仕事ではどう使えるか

契約の種類別にAIの下調べと人の確認を分けた比較
契約の種類ごとに、AIに任せる下調べと人が見る点を線引きするたたき台です。

契約の種類別:AIに下調べさせる範囲と、人が見る点

次の表は、公式情報を踏まえた考え方の整理です。Agreement Analyzerの対応範囲を示すものではありません。

契約の種類AIに下調べさせやすいこと人が必ず見ること
秘密保持契約(NDA)秘密情報の範囲、期間、例外の有無の洗い出し自社の情報の扱いに合うか、相手との力関係
業務委託・サービス契約責任範囲、解除条件、支払条件の抜け漏れ実際の業務内容と契約文の食い違い
賃貸借更新・解約・原状回復の条項の確認物件の実態、費用の総額
雇用条項の抜けの下調べ労務の専門家による最終確認

報道が挙げるAgreement Analyzerの対象契約は、引受契約、合併契約、デリバティブ、ジョイントベンチャー、出資契約など大型の案件です。契約の種類ごとに「どこまで任せてよいか」を示す公式の基準は、公式ページに見当たりません。上の表は、自社で線引きするためのたたき台として使ってください。

向く場面と向かない場面

向く場面

  • 草案の一次チェック(人が読む前の下調べ)
  • 見落とし防止の確認
  • 論点の洗い出し

向かない場面

  • 最終判断、法的助言の代わり
  • 機密性の高い契約書を、扱いを確認しないまま外部のAIに入れる運用

確認しておきたい項目:弁護士法・守秘義務・社内規程

日本では、契約書とAIの関係で、弁護士法72条(弁護士でない人が報酬を得て法律事務を扱うことを制限する規定)との関係がよく話題になります。法務省は2023年(令和5年)8月に「AI等を用いた契約書等関連業務支援サービスの提供と弁護士法第72条との関係について」を公表しています。要点は次の3つです。

  1. 違反になるかは個別の事実関係で判断され、最終的には裁判所が判断する
  2. 生成AIを使うサービスも、原則として同じ枠組みで判断する
  3. 「報酬を得る目的」「事件性のある法律事件」「鑑定その他の法律事務」の各要件のいずれかに当たらなければ、違反しない

同じ資料は、契約書の審査を支援するサービスについて、個別の事案に応じた法的リスクの有無や程度が表示される場合は、「鑑定…その他の法律事務」に該当し得る、としています。一方で、企業法務の通常業務のうち、契約締結に向けた通常の話合いや法的問題点の検討は、多くの場合「事件性」がないとされる点にも留意する、と書かれています。

法務省は2026年(令和8年)8月にも、ビジネス分野のAI法務支援と弁護士法72条の関係についてガイドラインの概要を公表しています。この記事で触れているのは概要資料の範囲までです。

ここから言えるのは、自社の担当者が自社の契約を確認するために使うのか、他人から報酬を得て契約書を審査するサービスを提供するのかで、論点が変わるということです。個別の利用が適法かどうかは、この記事では判断できません。

会社として使うなら、次の項目を確認してから始めてください。

  • 社内規程:外部サービスに契約書を入れてよいか
  • 取引先との契約:秘密保持義務で、第三者への開示や外部サービスへの入力が制限されていないか
  • 利用するサービスの規約:入力した内容が保存されるか、学習に使われるか(サービスごとに公式ページで確認する)
  • 判断が分かれるときの相談先:顧問弁護士、社内の法務部

Agreement Analyzerについては、入力データの保存や学習利用の扱いが公式ページに書かれていません(ChatGPT Enterprise上で動く旨の記載のみ)。公式に書かれていないことを、他のサービスの説明で補って考えないようにしましょう。

実際に国内で法務AIを導入した企業の事例は 三菱UFJ信託銀行のLegalBrain導入 を参考に、導入前の確認ポイントを整理するのが現実的です。

今日できる最初の一歩

手元の契約書ではなく、公開されている雛形で、型の練習をします。

公開雛形で型を試す4つの手順
手順3と4が、弁護士が確認・修正・却下する流れの小さな再現になります。

入れてはいけない情報

  • 個人名・住所・連絡先などの個人情報
  • 取引先の社名や、取引先が特定できる情報
  • 金額、数量、納期などの取引条件

試し方

  1. 官公庁や業界団体が公開している契約書の雛形(秘密保持契約など)を用意する
  2. 普段使っているAIアシスタントに、次のように聞く
次の秘密保持契約の雛形について、
・自社にとって不利になりやすい点
・定義があいまいな言葉
・一般的な契約にあるのに、この雛形に書かれていない項目
を、条文番号つきで挙げてください。
最終判断は人が行うので、根拠となる条文を必ず引用してください。
  1. 返ってきた指摘を、原文の該当条文と並べて確認する。根拠の条文が実在しない指摘や、原文と食い違う指摘は捨てる
  2. 採用する指摘と却下する指摘に分け、理由を1行ずつ書く

手順3と4が、Agreement Analyzerの「弁護士が確認・修正・却下する」流れの小さな再現です。AIの答えをそのまま信じず、根拠と照らす習慣がつきます。

Agreement Analyzerの代わりを探すなら

公開されている契約書AIを選ぶときは、優劣をつけるのではなく、次の軸で見てください。

  • 入力できるファイルの形式と上限
  • 入力した契約書の保存・削除・学習利用についての説明
  • 結果と原文を並べて確認できるか
  • 無料で試せる範囲と、有料の条件

これらは各サービスの公式ページに書かれています。確認した日付を自分のメモに残しておくと、条件が変わった後も判断の経緯を追えます。各社が掲げる時間短縮の数字は自社の主張なので、そのまま比較には使わないほうが安全です。

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契約・法務まわりのAI活用は、次の記事も参考になります。

まとめ

記事のまとめ:型を借りる・雛形で試す・使う前に確認する
型を借り、公開雛形で試し、実際の契約書の前に社内規程などを確認する流れです。
  • Agreement Analyzerは、S&CがOpenAIと協力して作った、契約書の草案の問題点を見つけるAI。弁護士が結果を確認し、修正または却下する
  • 公式ページに、外部提供、料金、精度の数値の記載はない。読者がそのまま使えるツールとは言えない
  • 借りられるのは「AIが論点を挙げ、人が根拠を見て判断する」という型
  • 自分の仕事では、公開雛形と、個人情報・取引先名・金額を入れない質問から始める
  • 実際の契約書で使う前に、社内規程、取引先との秘密保持義務、サービスの規約を確認する